月夜見 “あ〜した天気になぁれ”

         〜大川の向こう より

 
日本という国は一年を通じて四つの季節が巡る地域にあり、
しかもその上、
世界地図を広げて探す分には本当に小さな小さな島国だのに、
その小さな列島の中でと限っても、
北と南では気候が随分と異なっていると来たもんで。
秋が駆け足で通り過ぎ、そのまま長い長い冬に閉ざされる北国では、
雪が解けて、やっとやって来た春には、
桜とニセアカシアとツツジとキョウチクトウが
一気に咲き乱れるそうで。
はたまた、
雪なんて一生のうち一度でも拝めるかどうかという南端の地域では、
夏場の陽射しが強すぎるがため、泳ぐときはTシャツ必須。
裸で水遊びをし、肌をふやかした上で陽に焼こうものなら、
土地の人でも背中や肩へ軽度の炎症を起こしかねない、
……と訊いたことがあるんですが本当でしょうか。
(おいおい、先に確かめんかい)


小さな中州の里にも、お待ち兼ねの春が来て。
可憐な梅が先導して来た さくらのご挨拶に引き続き、
あちこちの梢にも緑の新芽や若葉が萌え出して。
陽なたでもないのに何だか眩しいほどの黄緑が、
サツキやイヌツゲの茂みの輪郭を覆いだすと。
そんな風に混同させるほどの、そりゃあいい陽気が続くもんだから、

 『おや、これはもう上着なんて要らないね』
 『ウチの人なんて、半袖出せってうるさいったら』
 『ウチもサ、子供らが何度も着替えるもんだから、
  洗濯するのが大変で…って、こらぁっ、
  あんたらだけで水場には行くんじゃないよ! いいね!』

大川の中州、それでなくとも四方八方が“水場”だけれど、
そこはよく出来ているということか、
人が行ける範囲の水場には、
大概、何かしらの仕事や作業をしている大人がいる。
川向こうへ船を出し、
人や荷物を運ぶ仕事に勤しむおじさんたちもいれば、
川辺に生い茂るカヤを育ててるおじさんが、
今の時期だと雑草を刈っていたりするし。
川エビや小魚を捕るために網を投げてる人もいりゃ、
水質管理の何とか塔へ、データを見に来るお兄さんも、
お散歩にと えっちらおっちら、
里の道を杖ついて のんびりゆく爺ちゃんもいる。
川面に浮かぶ水鳥へ、
パンくずやるのが日課な婆ちゃんたちもいると来て。
陽の出ているうちは、余程に間が悪くない限り、
水辺に子供だけでいるという時間帯はほぼないと言ってよく。
悲しい水の事故も、そういやここ何年も聞かないくらい。
それに、

 「なんか、今日の雨は肌寒い雨だよね。」

この時期の雨は、湿気たっぷりな生暖かいのばかりじゃない。
寒の戻りは大仰ながら、それでも上着は要りそうな、
そんな空模様にもあっさり戻る。
油断していて風邪引いたという子供が出るのもこの時期で、
駆け回ってる間は暑いかもしれないが、
汗を冷やすとてきめん、肌寒さが襲い来る。

 「雨が上がれば、また暖かくなるんだろうけどさ。」

  だってほら、こないだのバーゲンで買ったカットソー、
  やっぱ早く着たいじゃん。
  ……うん、ナミもあのミュール、まだ降ろしてないんでしょ?

こぬか雨に濡れる庭先を見やりながら、
姉のくいなが携帯片手に親友のナミと電話していて。
バーゲンと言ってもそうそう本格的なそれじゃない、
川向こうの商店街が先週宣伝を打っていた、
“夏物先取り市”で買ったとかいうだけの話なのだが。
それでも今年のおニューには違いなく、
気の早い五月晴れの中、
早々と買ってしまった夏のアイテムが、
だがだが、この雨じゃあ出番はまだ先らしい。
このまま梅雨かというよな勢いの空模様なんで、
それも腐ってしまう原因ならしく、

 「あ、ゾロっ。
  出掛けるんなら、
  ついでにマスヤで洗剤買って来てくれない?」

玄関先でごそごそしておれば、
目ざとく嗅ぎつけそんな声を投げて来た彼女だったものの、

 「川向こうへは行かねぇ。」
 「何よ、ついでに足延ばしたらいいだけのことじゃない。」

それのどこが“ついで”かと、思いはしたが、
言えばその返事が倍は返って来そうなので。

 「覚えてたらな。」

無難な一言だけ残し、とっとと傘を開いて表へ退散。
今日はせっかくの土曜だが、
微妙に間延びした何の予定もない日でもあって。
しかも、

 “あいつめ、何やってんだ?”

そもそも買い物なんて押っつけられたのだって、
手持ち無沙汰だったのを、見透かされたせいかも知れぬ。
あのおちびさんがやって来ないもんだから、
何だかどうにも調子が狂っていけない。
ガッコがある日は船着き場にて、
ない日は朝も早よから、
ゾロの視野の中へと飛び込んで来るお元気坊や。
にぎやかなお家の方で何か騒ぎでも起きていての、
とてもじゃないが
お出掛け出来ない団欒の最中なのなら それもよし。

  ……ただ、

風邪とか引いててとか、お腹壊して出掛けられない身なんなら、
そしてそれが持ち直していたのなら、
もしかしたなら退屈しているルフィかも知れぬ。
今頃になってそれへと気づき、
遅ればせながら腰を上げた剣道少年だったのだけれど。
そろそろ昼になろうかという、
すっかりと真昼の様相の小さな里は だが。
耳鳴りのようにさあさあと静かに降り続く、
細かいこぬか雨のせいでか、
人影がどこにもあんまり無さ過ぎて。
空もそこいらにも灰色の空気が満ちた世界は、
今起き出したなら朝なのか夕方なのかも判らぬくらい。
濃青の傘の柄を肩に載せ、
ほてほてのんびり歩んで辿り着いたは、
すっかり見慣れたキョウチクトウに囲まれたお家だが、

 「だぁもうっ。判っかんねぇなぁっ。」

ちょこっと苛立ちを含んだ、何とも一丁前な物言いが聞こえ、

 “何だ、起きてやがるんだ。”

庭へと向いた濡れ縁からの声だと判り、
とりあえず寝込んではないらしいとホッとする。
勝手知ったる何とやら、
一応は“お邪魔します”との声をかけてから、
門柱の内へと入り、庭のほうへと廻ってみれば、

 「あ、ゾロだ。」

にゃはーといつもの坊やが笑って見せる。
マキノさんは買い物か、他に家人もいない様子であり、
だが、それにしては退屈そうでもなし。
雨が鬱陶しいからと機嫌が悪いというのでもなさそうで。
ただ、縁側に足を投げ出して座っておいでの坊やの
そのお膝の周りには、
ティッシュを丸めた玉や、それをくるんだものだろう、
たんぽ槍の先っちょ思わす、お団子みたいなものが散乱していて。
輪ゴムで縛ったり、糸巻き引っ張り出して来てのくくったり、
様々に工夫を凝らしたらしいけれど、
どれにもお顔を書くまでには至っておらずで。

 「もしかして、てるてる坊主か?」
 「おおvv」

そうだぞと随分と偉そうに誇らしげなお顔になったのは、
気が利いてるだろーとでも言いたいか。
目許をたわめて微笑っておいでなのはなかなかに可愛かったものの、

 「こんなに作って、どうあっても晴れてほしいんだな。」
 「ん〜、っていうか。」

おや、特に目的はないのかと、ちょこっと拍子抜けしたものの、
やはりやはり一丁前に…どっちが上かに一瞬迷いつつ、
それでも頑張って胸元へ腕を組みまでした坊やであったため。
雨だから出掛けられないことへの不平より勝るほど、
てるてる坊主作りには何かしら、
ムキになってる理由でもあるものか。

 「どっか不満か?」
 「うん。あんな、俺が作るとどうしてもお辞儀しちゃうんだ。」

手近にあった、糸で首元を縛ったらしいのを持ち上げて見せる。
ほらと示したのは確かに、頭が重いか逆立ちをしており、
どうにか小さい玉にしたらしいのが、
ぎりぎり横倒しになっているのが限界か。

 「マキノはな、布巾で作ってごらんて。
  そしたら、釣りの重りを裾に縫い付けてあげるって言うんだ。」

ほら米粒みたいな、テグスを挟んで取り付けんのがあんだろ?と、
この里では小さいころからお馴染みのレジャーの釣りなので、
こんなおちびさんでもそういうところは知っており。

 「でもさ、それって重くなって可哀想だしよ。」

ただでさえ窓から雨ん中へ吊るされんのに、
そんな何とか養成ギプスみたいのつけられてさ。
ティッシュが濡れたら千切れっし、

 「確か、ちゃんと晴れたら川へ流すのに、
  そんなしてあったら沈むじゃんかと思ってサ。」
 「…………ふぅ〜ん。」

結構 物知りだな、
おお、レイリーのおっちゃんに聞いたぞ、と。
そこはお約束のやり取りがあってから、

 「シャンクスなんて、
  下から棒を突き刺して、
  木琴のバチみたいにすりゃあいい、なんて言うしよ。」

上下を正したいならそれが手っ取り早いって、
ちゅーねんは デリがねぇよな、デリが。

 “…………デリ? ああ、でりかしぃかな?”

自分もよくは知らないがと、
それでも感心してやってから、


  「じゃあ、こうすんのはどうだ?」






小半時ほど経ってから、
買い物から帰って来たマキノさんが軒先に見たものは、
ちゃんとお団子の頭が上になったてるてる坊主が4つほど。
やはりティッシュで作ってあったが、
首を縛った糸が一旦後頭部へともぐり込み、
つむじ近くで上へと突き抜けて出ているので、
何とか姿勢を保てておいで。

 『ゾロに教わったんだぞっ。』

何でか自分の手柄のように、
胸から腹から張って見せるルフィであり。
4つ作ったのは4日後が晴れてほしいから。

 『顔はな、ダルマさんと一緒で晴れたら書いてやるんだと。』

コウシローせんせえが言ってたってと、にゃはにゃは笑い、
上手に出来たから、だからご褒美なと、
買って来たばかりらしき生クリームのロールケーキ、
さっそく切らせた ちゃっかり坊や。
とりあえず、明々々後日が晴れるといいねと、
慣れぬお裁縫で指の先を何回か突いたらしい功労者へ、
絆創膏とおやつを運ぶ、まめまめしい坊やだったそうな。





  〜Fine〜  11.05.27.


  *ついついググッて調べてみたら、
   てるてる坊主も中国から来たらしいです。
   あちらで“掃晴娘”と呼ばれていたおまじない、
   ホウキを持った女の子の形のお人形があって、
   雨雲を掃いて集めて晴れにしてくれるんだって。
   それが日本へやって来たその上で、
   雨乞いの祈祷をするお坊様の方へと似せての、
   いつしか“坊主”になったらしい。

   晴れたらお顔を書いてやり、
   お神酒を供えて川に流すといいそうで。
   晴れなかったら…どうするんでしょうね。
   単にお顔を書いてやらないってだけでしょか。
   童謡で“晴れなきゃ首をちょん切るぞ”と
   おっかないことを言ってるせいですか、
   恐ろしい逸話もたんとあるようですが、
   洗濯ノリを舐めただけで、
   スズメの舌をちょん切るおばあさんがいるように、
   童話や童謡がおっかないのは、
   昔ってのが悲しいかなそういう時代だからであって。
   (西洋の童話も原本は凄まじいっていいますし。)
   誰か特定のお人の怨嗟がこもってるとか
   そういう都市伝説っぽい特別な言われはないと思います。


  めるふぉvv
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